今の仕事で学生時代に身につけたものが糧になっているものとして、
① プロポーザルや企画書を書くときのデザインセンスや配置バランス、色使いへの配慮
(設計課題の作成でだいぶ鍛えられました。その他、新聞を作成したり、研究のレジメや要約を作成したことも、感覚として身つけることを学生時代に訓練させられたことが、今に活きます。)
② 地域のことを考えることについて
(まちについて考えることや、地域を盛り上げていくこと、人々のの生活、営みを把握しながらも歴史、文化をどう残していくか、どう現代に活用させていくべきかを 考える思考や感覚がまちの空間を考える仕事へも結びつきます。)
③ ディテールへのこだわりや、形を想像する感覚
(建築や都市計画、土木、造園に限らず、人々の生活する場、憩う場を形づくっていく創造的な思考や感覚。建設系の業界を離れたとしても、形や構想をバランスよくまとめることはきっと役にたつはず。)
④ 疑問に思うことを、何らかの形で実現、改良していこうという行動
(今の現状に満足することなく、解決の糸口が見つからないかを探求する感覚。ひとそれぞれですが、何かやろうとする人には、そういうプロフェッショナルな人が集まってくる不思議な現象もあります。自分はまだまだですが...。)
芸工大で都市計画や建築、ランドスケープの課題を通じて学生時代に培った経験や技術は、建設業界に限らず、決して無駄にはならないかと思います。
少なくても、考える力、創造する力、まとめる力、構成する力は訓練されているわけですから、どのような業界、社会においても必要なこと(さわりの部分)を一通り経験してあるはずです。
(専門分野の思考を突き詰めていく技術のほか、締切までに間に合わせる技術。限られた時間で考える技術など)
社会人になってからは、それらの考え方を糧に、考え方の基礎の一部にして、自分なりに工夫して経験を積んで家庭をはじめ、会社や社会に貢献できる人間へ成長するものだと自分なりに思います。
人によって考え方も違いますが、自分は学生時代に経験したものを土台として、それよりも内容の濃いもの、役に立つものを追求していくことを忘れずに邁進する限りです。
(単純に、与えられたものを無難にこなすだけでは満足いかない、納得できない感覚が植えつけられているのかも。(笑))